大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(行コ)53号 判決

五二号事件控訴人

五三号事件被控訴人

原審四一号・六五号事件被告

公共企業体労働委員会

指定代理人

峯村光郎

外四名

五三号事件控訴人

五二号事件被控訴人

原審四一号事件被告補助参加人

六五号事件原告

全逓信労働組合宮崎県北部支部

代理人

東城守一

外二名

五二、五三号事件被控訴人

原審四一号事件

原告六五号事件

被告補助参加人

指定代理人

横山茂晴

外二名

主文

原判決を取消す。

本件を東京地方裁判所に差戻す。

事実

(昭和四三年(行コ)第五二号事件)

控訴人公共企業体等労働委員会の代理人は「原判決を取消す。被控訴人らの各請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、控訴人全逓信労働組合宮崎県北部支部の代理人並びに被控訴人国の代理人はいずれも控訴棄却の判決を求めた。

(昭和四三年(行コ)第五三号事件)

控訴人全逓信労働組合宮崎県北部支部の代理人は「原判決中控訴人勝訴部分を除きこれを取消す。本件救済命令主文第二項中『申立人が被申立人に別記内容の文書を提出することを条件として』とある部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、控訴人公共企業体等労働委員会の代理人並びに被控訴人国の代理人はいずれも控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の関係は次のとおり附加訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここに、これを引用する。

(控訴人公共企業体等労働委員会の陳述)

一  労働関係について公労法の適用される、いわゆる三公社五現業のうち三公社は公法上の法人とされており(国鉄法第二条、専売公社法第二条、電々公社法第二条)、民間企業の場合に準じて考えられるのでこれらを別として、五現業関係については職員は国家公務員法上の一般職公務員であり、管理機構も官庁組織である関係上労働法的な関係と行政法ないし公務員法的な関係とが交錯する場面として、理論上の問題が生ずるのは当然である。そこでこれを取扱うのには、その実態に即した特殊の法技術が必要になる。

いわゆる現業は、行政作用に基づく政府事業であり、労働関係については、これを他の一般の行政事務と区別して取り扱う必要から、公労法等により或程度の独立性を認めながらも、公社のようにはつきりした法人格を認めるところまでには至つていない。郵政事業も政府管掌の国家企業であるが、その経営上財政上政府や他の国家事業と別個に取扱われるものである。ある事業や財団を法律上他のものから切り離して考察する場合のテクニックとしては、これを独立の法主体すなわち法人とすることが通例であるが、そこまでしなくともその管理機構を独立させる形でも或程度同様な意図が達成できるのである。例えば破産財団を破産者の自由財産と区別するのに、これを法人視する理論を採用しないとしても破産手続上の管理機構としての破産管財人によつて代表される独立の財産とするような場合である(破産法第七条、第一六二条等参照)。この場合管財人は個人として権利義務を負うわけではなく、管財人としての資格なり、その職務権限が擬人化されるのである。いわゆる職務上の当事者とか機関人格という観念はこのような必要からの法律上のテクニックとしてあみ出されたものである。

これと同様に郵政事業の独立性もその管理機構によつて表現されるのであり、前述のように、それが官庁組織であることから、その官庁名によつて表示されるのが当然である。すなわち郵政大臣が最高の管理者であるが、その下部の郵政局長や郵便局長等も、その職務権限の範囲内でそれぞれ郵政事業を代表するのであり、これを名宛人とする行為もその範囲で郵政事業に向けられた行為と見られるのである。原審判決のように素朴に郵政事業は国家企業であるから、事業主は国であり、労働関係上の使用者も国であると考えるのは却つて政府や国の他の事業との区別を無視するものである。控訴委員会の所管に属する事項としては、本件のような不当労働行為の審査のほかに、公共企業体等の労使紛争の調整としてのあつせん、調停、仲裁があるが、原審判決のような考え方をとる以上これらの処理のうえでも、労使の当事者の名宛人は同様に考えられなければならないはずである。ところが控訴委員会の仲裁裁定は当然その名宛人である当事者双方を拘束するが、政府としては予算上資金上不可能な支出を内容とするものについては拘束されないことになつているのである(公労法第三五条、第一六条)。そうなると当事者である国としては裁定に拘束されるのに、政府や国会はその拘束を受けないという奇妙な結果を生むであろう。したがつて、この場合の使用者としての当事者は、国や政府と区別された郵便事業体であり、その代名詞としての郵政大臣以下の機関を指すものとみなければならない。本件のような不当労働行為の救済命令についても、国を当事者としてこれに組合に対する陳謝文の手交を命じたりすることは却つて非常識であるし又その実効性も疑わしいであろう。

この故に控訴委員会としては、現業関係においては、常にこれを管理する官庁を使用者として取り扱つて来たのであり、又当事者もこの慣行について何等疑念を狭まなかつたのである。今更これを混乱させるような解釈をしなければならない必要は少しもないのである。

二  なお、仮りに百歩を譲つて、公労法上の関係について現業官庁の当事者能力を認めないとしても、一般的に官庁の職務権限内における行動は国を代表するものとして、その法律上の効果は国に帰属するものであるから形式上官庁を名宛人とした行為も、実質上は国に対するものとして考察することを妨げない筈である。郵便局長も一個の官庁として、その局務を管理し、局員を指揮監督する職権を有し、その限度で国を代表するのであるから、これを名宛人とした控訴委員会の命令は国に対して為されたものとして取り扱うことを妨げる理由はない。したがつて原判決のように不当労働行為の申立に対する命令は、国を当事者としてすべきであるとの立場においても、本件命令には何等違法はないのである。ちなみに地方公共団体の経営する地方公営企業については、地方公共団体の長がその職員のうちから管理者を指定した場合は、その事業については、管理者がその地方公共団体を代表することとされている(地方公営企業法第八条)。

三  不当労働行為事件の命令において、国の機関を被申立人とすることの適法性は、すでに駐留軍間接雇傭労務者に関する不当労働行為事件すなわち国の機関として国が雇傭主である駐留軍労務者の雇入れ、解雇等の機関委任事務を処理する知事を被申立人とする命令の訴訟を通じ最高裁によつてすでに確立している(駐留軍沢の町事件―最高裁昭和三四年(オ)五九三号、昭和三七、五、二四判決、東京調達支部事件―最高裁昭和三六年(オ)五一九号、昭三七、九、一八判決)。これらの事件の命令の名宛人は地方労働委員会から上告審の段階を通じて知事であり、命令の名宛人の問題は当事者間で争われたこともなく、裁判所が職権調査のうえ否認したこともない。

すなわち最高裁がこれらの事件における命令の名宛人の問題についてなんら判示しなかつたことは、職権調査のうえこれらの事件に関する不当労働行為救済命令においては国を名宛人にすることなく、国の機関である知事を名宛人とすることが適法であると判断したからにほかならない。この点からいつて原審判決は最高裁判例に反するものといわなければならない。

四  しかも前掲一で主張したところによれば、却つて本件で法務大臣によつて代表される国が原告として出訴した点もおかしいことになり国の訴(原審昭和四〇年(行ウ)第四一号)は却下さるべきである。

この場合本来命令の名宛人である郵便局長が出訴すべきであり、そうでなければ具体的な事項についてその権限を上移させた上級庁例えば郵政大臣が代つて出訴することならよいが国は命令の当事者ではなく、又直接命令の効力を受ける者ではない。原審判決はこの点においても誤りを犯しているというのほかはない。(証拠)〈省略〉

理由

按ずるに、原判決は、本件救済命令は使用者に該当しない国の末端行政機関である郵便局長に当事者適格があると看過してなされた違法無効なものであるとしながら、国(第一審原告組合の請求を超えている)の訴にもとづき、その実質的適否の審理に立ち入ることなく、その第一項を除いてこれを取り消したのである。

しかしながら、本件救済命令は国の行政機関であるにせよ、延岡郵便局長を相手方とするものであつて、国を直接の相手方としてなされたものではない。第一審原告組合が救済命令の発付を求めた相手方も右の郵便局長であつて、国ではない。それ故に、郵便局長が国の行政機関であるため救済命令の効果が究局において国に及ぶにせよ、郵便局長を相手とする救済命令の当事者はあくまでも当該郵便局長であつて、国ではなく、したがつて、この命令に対して訴を起こしうる者も当該郵便局長に限られ、国はその当事者適格を有しないものとするを理論上一応当然とする。もしそれ、救済命令が究局において国に対しその効力ぶの故をもつて郵便局長に対する救済命令に対し、国に訴の提起を許すべきものとするときは、その当然の帰結として郵便局長に対して発せられた救済命令も結局において国に対して発せられたものとして、これを適法と解しなければならない理である。原判決が、一方において本件救済命令を相手方を誤つた違法のものと厳格に解しながら、他方において当事者でない国の訴の提起を適法のものと寛かに解し、これにもとづきその一部を取り消したのは、右の説示に照らし理論として一貫しないものがあると非難されてもやむをえないであろう。もつとも、本件救済命令に対しては、その申立人である第一審原告組合も訴を提起しており、その訴はもとより適法であるから原判決はこれにもとづき本件救済命令の一部を取り消したものともいえそうであるが、その取消の範囲は第一審原告組合の申立範囲を超えているから、かく解することは困難であるだけでなく(救済命令の一部取消の申立事件において、救済命令自体が違法である場合には、その申立の範囲に拘束されず、その全部を取り消しうるのではないかとも疑われるが)、本件救 済命令が相手方を誤つた違法のものとする以上、国の訴も当事者適格のない者の訴としてこれを却下すべきであつたものといわなければならない。

のみならず、当裁判所は国の行政機関たるにすぎない郵便局長に対する救済命令も適法と解する。その理由はほぼ第一審被告委員会の主張するとおりであつて、特に、法も当然にこれを予定しているのではないかと考える。このことは、郵政事業等のいわゆる五現業は国の企業であつても、少なくとも労働関係の面では独立の法人格を付与されたいわゆる三公社に準じて独立の企業体として扱われていることに徴し疑を容れないところである。すなわち、公共企業体労働関係法は使用者を公共企業体等と指称して国の表現を避け、五現業の企業自体を労働関係の主体かのごとくに扱つている。団体交渉は当該企業の指名する交渉委員が企業を代表してこれに当たるものとされ(公労法九条、一〇条)。その交渉委員の数、任期等も団体交渉で定められる(同法一一条)。特に、公共企業体等労働委員会(公労委)に地方における調停に関する事務を分掌させるため地方調停委員会をおくこととせられていることは、労使間の紛争を各労働関係の現存する地方において調停せしめようとするにあることに疑はないが、他方においてこの場合の使用者を当該労働関係を管理する現場の企業の代表者とする趣旨であることを示すものである。そうでないと、企業の主体たる国(主務大臣)において全国各地に散在する現業の労使紛争につき常に直接関与を強いられ(地方調停委員から通知を受け、代理人の選任手続をするなど)、煩瑣に堪えない結果となるだけでなく、地方調停委員会を設けた趣旨を没却することとなるであろう。地方調停委員会は東京都にもおかれているが、労使紛争の調停につき国が一方の当事者となるものとするときは、公労委調停委員会のほか別に東京都地方調停委員会を設ける意義ま失われる理である。このように、労使間の紛争の処理につき、公労委に現場(現業)主義をとることを許容し、現業の代表者を相手に接渉することを認めながら、救済命令においてのみ突如として国を当事者としなければならないとすることは、決して法の趣意ではないであろう。それ故に、法に特に明文はないが、労働関係に関する限り郵政事業のごとき国の企業においては、当該企業が使用者とされ、労務を管理すべき企業の代表者が当事者たるものと解するを至当と考える(企業に人格はないから)。救済命令の当事者を企業の代表者とすべきものとする以上、これに対する訴の当事者も原則として当該代表者たるべきもの解すべきは、多く、いわずして明らかであろう。

そもそも、労働関係は特殊の法域に属し、一般私法の概念は修正して適用さるべきものである。特に、国が使用者である企業の場合には、民法上は国が労働契約上の主体であると認めるほかないにせよ、その現実の労働関係は労働者を任免しまたは労務を管理すべき企業の代表者との間に発生するものであるから、その調節の関係も労働者ないし労働組合と右の代表者との間において配慮さるべきものと解するを妥当とする。そうでないと、全国に散在する労働関係を迅速適切に調節することが不可能だからである。郵便事業が全国を基盤とし、地方郵政局が所属職員の任免、労務の管理等に関する事務を分掌し(郵政省組織規程一六条一項、郵政省設置法六条一項一〇号)、郵便局が地方郵政局長の監督下において、現業事務を行なう(同規程一六条二項)のであつて、郵便局における所属職員の労務管理も現業事務に含まれることは疑がないから、その労働関係の調整ひいて救済命令も郵便局長を当事者としてなさるべく、国を当事者としてこれをなすべきではないと解すべきことは、以上の理から明らかであると信ずる。全逓信労働組合の支部が全国各地に散在するゆえんも組合との局地的交渉ひいて公労委の労働関係に関する調整関係の処置は、すべて当該地区における労務管理者を相手方とすることを当然のこととしたためであり、いま、これを覆して相手方を常に国とすべきものとすることは、従来の慣行を無視して形式に堕し、いわれなく平地に波瀾を捲き起こすのみであることを知るべきである。

なお、付言するに、郵便局長を相手方とする救済命令に対し当該郵便局長が訴を提起しうることは当然としても、訴は権利主体間の権利関係を明確にすることを理想とし、郵便局長に対する救済命令も結局は権利主体たる郵便局長によつて代表される国に対するものにほかならないから、右の命令に対しては国自らも訴を提起しうるものと解すべきではないかと考える。

以上の理由により、本件救済命令を違法とした原判決を取り消し、なお審理をつくさしめるため、本件を原審に差し戻すべきものとする。

よつて民事訴訟法第三八九条に則り主文のとおり判決する。(長谷部茂吉 鈴木信次郎 麻上正信)

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